生産者の法的責任

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農産物を食べた消費者が食中毒になった場合、その農産物を生産した農家・農業法人はどのような法的責任を負う可能性があるのだろうかと心配になったことがある方もいらっしゃるかもしれません。

日本だけでなく世界各国には、PL法という法律がありますが、この法律により責任を負うことはあるのでしょうか。また、PL法以外の法律によって責任を負うことはあるのでしょうか。

製造物責任法(PL法)とは

日本には製造物責任法というわずか6条のみから成る法律があります。製造物責任法は、一般的にPL法と呼ばれています(”PL”とは、Product Liability=製造物責任の略です。)。

この製造物責任法(PL法)は、民法の不法行為責任を推し進めて被害者の保護を図るために、平成6年に制定されました。民法の不法行為では加害者に過失がなければ責任を負わないこととされていますが、この過失を証明しなければならないのは被害者とされています。

何らかの製造物によって被害を被った被害者が加害者に過失があったことを証明することは容易なことではありません。特に、製造物は複雑な構造をしていることも少なくなく、素人である被害者がその製造物のどこに原因があったのかを明らかにして、その原因について加害者に過失があったということを証明することは非常に難しいことです。そのため、民法の不法行為だけでは被害者の保護に欠けるとの批判がありました。

この批判に応えて制定されたのが製造物責任法(PL法)です。製造物責任法(PL法)では、被害者は加害者の過失を証明する必要はありません。その代わりに、製造物に「欠陥」があったことを証明すれば、被った損害の賠償を求めることができます。

農産物に製造物責任法(PL法)は適用されない

では、農産物に問題があった場合、生産者は製造物責任法(PL法)に基づく責任を負うのでしょうか。

製造物責任法(PL法)は、「製造物」が対象となっていますが、「製造物」とは「製造又は加工された動産」と定義されています。したがって、土地や建物のような不動産やサービスといった目に見えないものが対象に含まれないだけでなく、「製造又は加工」されていないものも対象に含まれません。

そのため、加工されていない農産物・畜産物・水産物は「製造物」に含まれず、生産者が製造物責任法(PL法)によって責任を負うことはありません。

もっとも、農産物に加工をした場合には「製造物」に当たることになりますので、大根を漬物にした場合やイチゴをジャムにした場合、豚肉をハムにした場合などの手を加えたものは「製造物」として製造物責任法(PL法)の対象になりますので注意が必要です。

他の法律に基づく法的責任

未加工の農産物は製造物責任法(PL法)の対象ではありませんが、だからといって問題のある農産物の生産者が全く法的責任を負わないということではありません。

まず、民法の不法行為による責任を負うことは製造物責任法(PL法)の適用がない場合でも変わりはありませんので、被害者が生産者の過失を証明できれば、生産者は損害賠償責任を負う可能性があります。

さらに、生産者は契約上の責任を負うことがあります。契約上の責任とは、農産物を売った相手との間で締結された売買契約に基づく責任を負うということです(売買契約は、契約書といった書面がない場合でも成立しています。)。

この場合、あくまでも契約の相手方に対して責任を負うものですので、消費者に直接販売をしない限り、消費者から直接損害賠償請求を受けることはありません。しかし、生産者が販売した卸売業者や小売業者が消費者に損害の賠償をした場合、卸売業者や小売業者から、その負担した損害について契約上の責任として損害賠償請求を受けることがあります。

このように、未加工の農産物であっても、生産者は法的責任を負う可能性があります。

輸出する場合の注意点

農産物を海外に輸出する場合はさらに注意が必要です。日本の製造物責任法(PL法)では未加工の農産物であれば対象とはならないこととされていますが、国によっては未加工の農産物もPL法の対象となっている場合があります。

法律は国ごとにそれぞれ制定されるものであるため、被害者保護という趣旨が同じ法律であっても細部は国によって異なります。そのため、未加工の農産物もPL法の対象としている国があり、日本の製造物責任法(PL法)と異なっている場合があります。

例えば、EUでは当初、農産物は対象外だったのですが、イギリスでの狂牛病の発生を機に農産物・畜産物・水産物もPL法の対象とされるようになりました。また、アメリカやアジア諸国の多くの国のPL法では未加工の農産物も対象に含まれています。

このように、輸出する場合には現地のPL法に基づいて日本の生産者が損害賠償責任を負う可能性があることに注意が必要です。

もっとも、海外の消費者から日本の生産者が直接訴えられるリスクは現実的には大きくないと考えられます。通常、海外の消費者は現地の小売店から農産物を購入しているはずですので、その小売店や現地の輸入業者に損害賠償請求をすることが一般的です(海外から日本の生産者を訴えることは負担も大きいためです。)。

しかし、日本の生産者が販売先である輸出業者などから契約責任を問われる可能性があることは、上記の日本国内の場合と変わりはありませんし、現地の業者が倒産してしまって損害賠償請求ができない場合には、海外の消費者が直接日本の生産者に請求してくる可能性も否定できません。

このように、輸出の場合も生産者が法的責任を負うことがあり得ますので、海外に輸出する場合には、現地の法制度上どのような責任を負う可能性があるのかについても、可能な限り調査することが重要です。

保険の活用・契約上の注意

このように、日本国内の取引であれ、海外輸出の場合であれ、農産物に問題があって消費者に被害が生じてしまった場合には、生産者が責任を負う可能性があります。

もちろん、問題のある農産物を作らない、出荷しないようにすることに注意することは重要ですが、それでもリスクをゼロにすることは難しいでしょう。

そのリスクを回避するためには、いわゆるPL保険の活用も検討するとよいかもしれません。もちろん、PL保険には保険料がかかりますので、現実的に保険加入が可能か、採算が取れるかといった問題もありますが、特に取引規模が大きくなる場合には積極的に活用したほうがよいかもしれません。

また、保険の活用だけではなく、契約による対応も検討するとよいでしょう。契約書を作成する際に責任を限定することができれば、リスクの回避が可能です。

リスク回避の契約条項としては、取引先との契約において、損害賠償額の上限を設けたりすることが考えられます。また、輸出の場合には取引先がPL保険に加入していることもありますので、このPL保険の対象に含まれるように交渉して契約に盛り込むということもあり得るかもしれません。

 

取引するためにはリスクをゼロにすることは不可能ですが、できる限りリスクを回避する方法を講じることで、予想もできないような責任を負うことを避けることができます。

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