農業従業員の労働時間

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農業雇用

会社が従業員を雇用する場合、労働時間を決めなければなりません。本来、労働時時間は労働契約の内容ですので、雇用主(使用者)と従業員(労働者)が合意して決めるものです。しかし、労働法は労働時間について、雇用主と従業員の合意があれば無制限に決められるということにしておらず、規制しています。これは、通常は立場が弱い労働者を守るためであり、労働時間はこの規制の範囲内で決めなければなりません。

しかし、農業については、自然が相手であるという特性から、労働時間の規制が適用されないこととなっています。

農業にも労働法は適用される

農業については、労働法がすべて適用されないとの誤解がありますが、農業だから労働法すべてが適用されないということはありません。労働基準法のうち、労働時間に関する規制について適用されないだけであり、その他の労働法は適用されます。

もっとも、労働基準法、労働契約法は、同居の親族のみを使用する事業(農業に限らず、すべての事業が対象です。)については、適用されないこととなっています。そのため、同居する親族だけが雇用されている農家の場合には、労働基準法、労働契約法は適用されません。

ただし、注意が必要なのは、同居する親族以外の他人を1人でも雇っていれば、その従業員について労働基準法等の適用を受けるだけではなく、同居する親族についても、その他の従業員と同じように働いている等の条件を満たしている場合には、労働基準法等が適用されることになることです。同居親族以外の従業員を雇う場合には、同居親族も含めて労働基準法等が適用される可能性があります。

労働基準法の規制と農業の適用除外

農業に労働時間規制が適用されない理由

農業であっても、従業員を雇っていれば労働基準法が適用されます。そして、労働基準法は、雇用主が無制限に従業員を働かせることがないようにするため、労働時間を規制しています。

しかし、農業は自然が相手であり、労働時間が自然条件に左右されるだけでなく、繁閑の差が激しいという特性があります。これは、工場で工業製品を製造する場合と比べるとよくわかるのではないでしょうか。

工場での工業製品の製造は、人間のコントロール下にあります。従業員が朝9時に揃ったら、工場長が製造ラインを稼働させ、各従業員が担当する作業を正午まで行い、いったんラインを止めます。そして、1時間の昼休憩の後、午後1時から午後5時までまた作業を行います。午後5時になったら、ラインを止めて全員退社する、というのが工場での製造の流れです。このように、工業製品の製造の場合は、人間が製造するかどうかや完成品の出来をコントロールすることができます。

しかし、農業は違います。通常、農産物は自然の中で育つものです。人間は農産物の成長に手を貸すことはできても、完全にコントロールすることは困難です。例えば、雨が降らないことが長く続いて農産物の生育に支障が出たり、反対に台風で農産物がダメになってしまったりすることもあります。さらに、農産物は多くの場合1年中いつでも作れるものではなく、気候に左右されるため、作業が忙しい時期とあまり作業がない時期の差が大きくなります。

このように、農業は工業などと異なり、自然条件による影響が大きいことから、画一的に労働時間を規制するという考え方が馴染まないと考えられてきました。

そのため、労働基準法の労働時間規制は農業については適用されないこととされたのです。

適用除外の内容

農業に適用されない労働基準法の規制は次のとおりです。これら5点について、農業は規制の対象外となっています。

規制項目 通常の規制内容 農業の場合
労働時間の上限 1日8時間まで、1週40時間までが上限 労働時間の上限なし
休憩時間 労働時間6時間以上の場合は45分以上、労働時間8時間以上の場合は1時間以上の休憩を与えなければならない 休憩を与える義務なし
休日 毎週1日以上または4週間で4日以上の休日を与えなければならない 休日を与える義務なし
割増賃金 時間外労働、休日労働には割増賃金を支払わなければならない 時間外労働、休日労働の割増賃金を支払う必要なし(注1)(注2)
年少者の深夜労働 18歳未満の深夜労働(午後10時~午前5時)は禁止 年少者の深夜労働が可能
妊産婦の時間外労働・休日労働 妊産婦に時間外労働、休日労働をさせてはならない 妊産婦に時間外労働、休日労働をさせることが可能(注3)

注1:支払う必要がないのは“割増賃金”(25%割増分)であり、所定労働時間を超えて働いた場合にはその所定労働時間を超えた分の賃金(=所定労働時間を超えた時間×時間単価)の支払いは必要です。この意味で、“残業代”の支払いは必要であり、“残業代”を支払う必要がないというのは誤解です。

注2:深夜労働(午後10時~午前5時)についての割増賃金については適用除外とはなっておらず、支払わなければならないことには注意が必要です。

注3:妊産婦について、深夜労働は禁止されたままですので、この点も注意が必要です。

 

このように、農業については労働時間規制が適用されないこととなっているため、法律上の労働時間の上限もなく、割増賃金を支払う必要もありません。そのため、所定労働時間を早朝から深夜までの長時間としたり、時間外労働についての割増賃金を支払わずに従業員を働かせたとしても、労働基準法違反にはなりません。

しかし、労働基準法の労働時間規制が農業に適用されないのは、農業が自然条件に影響される程度が大きく、画一的に労働時間を規制することが馴染まないためです。労働時間規制が適用されないからといって、連日のように長時間労働をさせると、従業員は体調を崩してしまうかもしれませんし、退職してしまうことになるかもしれません。

従業員を雇う農業法人の経営者としては、労働時間規制が農業に適用されない趣旨を踏まえて、従業員が働きやすい職場となるように労働時間を決めなければなりません。

具体的には、1日8時間、1週40時間の労働時間を目安として、繁忙期には労働時間を増やすかわりに、閑散期の労働時間を8時間よりも短くするといった対応を取ったり、労働時間の上限時間を定めたりといった対応を取ることが考えられます。

農業ビジネスの発展のためには従業員の力が不可欠です。だからこそ、農業ビジネスの経営者は働きやすい職場を作らなければならないのです。

適用除外の対象となる“農業”

農業には労働基準法の労働時間規制が適用されませんが、ここでいう“農業”とはどのような事業を指すのでしょうか。

労働基準法では、労働時間規制が適用されない事業のうち、農業について次のように定めています(ただし、林業は除かれています。)。

土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業

ここでは、土地の耕作や植物の採取といった農作業が対象となっています。そのため、農業に関連する事業である農産物の加工業や販売業は、労働基準法の労働時間規制の適用除外とはなりません。

問題は、同じ従業員が農作業も農産物の加工や販売も行っている場合です。このような場合については、農業について規制が適用されない趣旨から労働時間規制が適用されるかが判断されることになります。その結果、労働基準法の労働時間規制に従わなければならないこととなる可能性があります。

労働時間規制が適用されるか否かわからなくなるという混乱を避けるための方法としては、農作業を行う農業法人と農産物の加工や販売を行う法人を別にし、それぞれ従業員を雇用することが考えられます。こうすることで、労働時間規制が適用除外となる従業員と労働時間規制が適用される従業員を明確に分けることができ、労働基準法を遵守しながら、グループ会社として一体となって農業ビジネスを経営することが可能になります。

まとめ

農業には、労働基準法の労働時間規制が適用されませんが、農業法人等が従業員を雇用する際には、以下の2点について注意が必要です。

①労働時間規制以外の労働法は適用されること

例えば、従業員は年次有給休暇を取得することができますし、雇用主といえども正当な理由なく従業員を解雇することはできません。

②労働時間規制は農業の特性に基づくものであり、無制限に働かせてよいということではないこと

農業には労働時間規制がないからといって、無制限に働かせると、従業員は体を壊してしまいますし、長続きしません。さらに、新たに採用しようとしても、劣悪な環境だというイメージがついてしまうと、従業員を採用することもままなりません。

 

繰り返しになりますが、農業ビジネスの発展のためには従業員の力がとても重要です。従業員の力がなければ、発展できないと言っても過言ではありません。

だからこそ、農業ビジネスの経営者は、農業ビジネスで働きたい、働き続けたいと思ってもらえるような労働環境を整えていく必要があるのです。

労働法の遵守はその第一歩でしかありません。魅力的な職場にし、さらに働きやすい職場となるように、常に労働環境を改善していくことが大切です。

 

また、農業について労働時間規制が適用除外となっていることについて、今後変更される可能性があることにも注意が必要です。労働基準法が施行された昭和22年に比べ、農業の機械化がかなり進んでいます。スマート農業の推進により、これからさらに機械化が進展することが予想されます。

林業は、かつては農業と同じく、労働時間規制の対象外でした。しかし、作業の機械化が進み、労働時間管理の体制が整いつつあるとの理由から、平成5年の法改正により、労働時間規制の適用除外事業から外され、他の事業と同じように労働時間規制に従っています。

農業についても、今後の展開次第では、労働時間規制の適用除外が撤廃され、規制対象となる可能性があります。そのため、今から、労働時間規制の対象外であることに頼らない労務体制を少しずつ整えていくことで、法改正があっても影響を受けない農業法人とすることができます。

そして、それは農業以外の事業との人材獲得競争に勝てるようにするためにも必要なことなのです。

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