農業の事業承継の進め方

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事業譲渡

農業経営者が後継者に事業承継をしたいと考えた場合、一体どのように事業承継を進めていけばよいのでしょうか。

ここでは、子どもなどの親族に承継する場合を例として、事業承継に必要なステップについて解説します。なお、中小企業庁が公表している“事業承継ガイドライン”を参考にしています。

事業承継のステップ

親族が承継する場合の事業承継を進める際のステップは次の5つに分けることができます。

ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識

ステップ2:経営状況・経営課題等の把握

ステップ3:事業承継に向けた経営改善

ステップ4:事業承継計画の策定

ステップ5:事業承継の実行

以下、各ステップについて解説します。

ステップ1:事業承継に向けた準備の必要性の認識

事業承継のために必要な最初のステップは、事業承継には準備が必要であること、準備のための時間が必要なことを認識することです。

これまでの多くの場合、経営者が病気などで働けなくなったことや、後継者がいないことがはっきりしたことをきっかけとして事業承継のことを考え始めますが、これではステップ2以降の十分な準備の時間を取ることができなかったり、事業承継の方法やできることの選択の幅が狭まったりしてしまいます。

目安として経営者が60歳になったら事業承継の準備を始めると、余裕をもった準備をすることができるでしょう。

もちろん、60歳よりも前のより早い段階で準備を始めることができれば、充実した準備ができます。60歳よりも前に事業承継の準備を始めると、その後の事業の状況や家族の状況が変わることがありますが、その時々の変化に応じて事業承継の準備状況を変化させていくことができますので、早すぎるということはありません。

具体的な準備としては、ステップ2以下の準備を進めることになりますが、ここでは専門的な法務や税務、財務等の知識が必要になりますので、弁護士や税理士といった専門家やコンサルタントなどに相談することも視野に入れるとよいでしょう。

ステップ2:経営状況・経営課題等の把握

事業承継は、単なる資産の譲渡とは異なります。事業承継は、“事業”を後継者に引き継ぐものですが、“事業”は単なる資産の集合体ではありません。そこには、ビジネスモデルや取引先との関係、顧客からの信頼や従業員との関係など、様々な要素が密接に関わっています。この一体としての“事業”をいかに引き継いでいくかが事業承継なのです。

この“事業”の承継のためには、自らの“事業”の中身を把握しなければなりません。“事業”の把握のためには、まずお金の流れ・状況を把握することが重要ですので、適切に決算書等の書類を作成することが必要です。特に農業の場合には適切な決算処理が行われていない場合もありますので、まずはきちんと決算書を作成することから始めるとよいでしょう。

次に、自らの事業の強み・弱みを把握することで、自らの事業の中身を知ることができます。そこで、自らの事業では、どのような商品が売れているのか、それはなぜなのかということについて検討します。これに関連して、他社との比較を含めて、業界内での自らの事業の位置付けを把握することも必要です。

このようにお金の流れを把握し、強み・弱みを認識することで、自らの事業の課題が見えてきます。

そのうえで、事業承継のために必要な後継者候補(長男、長女など)と課題を洗い出します。

このような作業・検討を経て、自らの“事業”の中身を把握し、ステップ3以下につなげていきます。

ステップ3:事業承継に向けた経営改善

事業承継の目的は、これまで育て上げた事業を継続・発展していくことにあります。そうであれば、現状のままの事業を承継することが必ずしも継続のためによいとは限りません。むしろ、事業継続のためには改善すべき点が数多くあることが通常です。

ステップ2の作業・検討によって自らの経営状況・経営課題が明らかとなっていますので、この課題の克服に取り組むことが次のステップです。

課題には大きく分けて次の二つがあります。

①本業の競争力を強化すること

②経営体制を見直すこと

①本業の競争力を強化することについては、事業の強みをより強くし、弱みは改善して弱みをなくしていくことが必要です。

また、リスクの分散をはかることについても検討するとよいでしょう。例えば、天候に収穫量が大きく左右される作物の場合には、生産地を分散させるための取組み(複数の農場を所有したり、遠隔地の農場から買い入れる契約をしたりするなど)を検討します。

②経営体制の見直しについては、労働条件に関する規定類の整備や役職ごとの権限の明確化・権限の委譲、コンプライアンス体制の整備など、経営体制そのものを見直して経営力の向上を目指します。

このような経営改善は日々の業務の中でも取り組んでいくことが理想ですが、事業承継は抜本的な改善を行うチャンスですので、事業の継続・発展のために積極的に取り組むことが重要です。

ステップ4:事業承継計画の策定

事業承継を進めるためには、時期と目標、行動内容を明記した事業承継計画を策定することが必要です。ステップ3までで現状の把握と課題の洗い出し、改善についての検討が終了していますが、次のステップでは事業承継の具体的な計画を立てることになります。

また、事業承継は承継する人だけでなく承継される後継者とともに進めなければなりませんので、後継者とともに事業承継計画を策定して、進め方・内容について共有することが必要です。

そして、計画を立てる前に行わなければならないことは、事業のミッション(使命)とビジョン(将来あるべき姿)を明らかにすることです。このような理念を現経営者と後継者が共有することで、その事業の進むべき方向(事業拡大の方法など)を決める際の判断基準を作ることができます。

具体的な事業承継計画策定のプロセスは以下のとおりです。

①現状分析

ステップ2で明らかになった事業の現状をもとに、改善点や方向性を整理します。

②将来の環境変化予測とその対応策

事業環境の変化を予測し、その対応策を検討します。

③事業承継の時期を含めた事業の方向性の検討

現状分析と将来環境の変化予測を踏まえて、事業承継の時期を定め、事業の進むべき方向を検討します。

④具体的な目標の設定

売上高やマーケットシェアなどの具体的な目標を設定します。

⑤事業承継の課題の整理

①から④までの検討を経て、事業承継を行うために生じる課題を整理します。課題に対してどのように対応するのか、どのような支援が必要であるのかについても検討します。

ステップ5:事業承継の実行

ステップ1からステップ4の検討・作業を行い、事業承継計画に従って経営改善を行い、後継者に事業を承継していきます。

なお、事業承継計画は一度策定したら変更してはならないというものではありませんので、その後の事業承継の実行の状況に応じて、必要な変更を加えます。

 

以上の5つのステップを経て、事業承継を進めていきます。

事業承継のポイント

ここまで事業承継の進め方について解説してきましたが、事業承継を進めるためのポイントは次の2点です。

①事業承継は単なる相続問題ではなく、“事業”の承継である

この記事で繰り返しているように、事業承継の目的は事業の継続・発展であり、単なる相続とは異なるという認識を持って事業承継に取り組むことが重要です。

②事業承継は相続税対策ではない。

事業承継について紹介した書籍や記事の中には、その多くを相続税対策のために割いているものがよく見られます。しかし、相続税対策を第一に考えると、事業のミッションやビジョンからかけ離れた事業形態になってしまうことがしばしばあり、親族間の争いなどによって事業が続けられなくなってしまうこともあります。

もちろん相続税対策をすることも必要なことですが、事業承継の際には、まず事業がどのような方向を目指すのか、そのためにはどのような姿であるべきかを検討し、その上で相続税対策を行うという順序を忘れないようするとよいでしょう。

この2つのポイントを忘れてしまうと、円滑な事業承継が難しくなってしまい廃業に追い込まれることも考えられますので、このポイントを念頭において事業承継を進めるとよいでしょう。

 

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