農業法人のM&A

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近年、農業法人が他の農業法人を買収するという事例が徐々に増えています。特に後継者不足に悩んでいる農業法人にとっては、M&Aによって会社の資産や経験を活かすことができ、従業員の雇用も継続することができるというメリットがあり、他方で買収する農業法人は事業の拡大や事業所の多様化によるリスクヘッジをはかることができますので、今後も農業法人のM&Aは増加していくことが予想されています。

M&Aの種類

M&Aには大きく分けて、①会社全部を取得するものと②会社の一部を取得するものがあります。さらに、①と②にはそれぞれ以下の通り複数の手法があります。

①     会社全部を取得するもの

会社の全部を取得する代表的な方法としては、(a)株式譲渡と(b)合併があります。この(a)株式取得と(b)合併はいずれも会社の全部を取得するものですが、取得される会社の法人格を変更することなくそのまま取得するのか(株式譲渡)、または取得される会社の法人格がなくなって取得する会社と一つになるのか(合併)という違いがあります。言い換えると、(a)株式譲渡は取得される会社の株主が変わるだけですので外見は何も変わらず、取得後も別会社として運営することになりますが、(b)合併は取得される会社と取得する会社が一つの会社になりますので、外見から変わることになり一つの会社として運営することになります。

このように、(a)株式譲渡は子会社・グループ会社化するだけにとどまり、別会社のままであるために合併に比べて手続きが簡便という特徴があります。また、あくまでも別会社であることから、取得する会社が取得される会社の債務・負債を引き継ぐものではありません。

一方で(b)合併は、二つの会社を一つにするものであることから、取得される会社の資産はもちろん、負債や契約も取得する会社に引き継がれます。このように、合併は債権者などの関係者に与える影響が非常に大きいものであるため、必要な手続きが厳格に定められています。もっとも、合併は完全に一つの会社になりますので、取得される会社と取得する会社を文字通り一体として運営することができ、株式譲渡に比べて効率化をはかりやすかったり、シナジーを生み出しやすかったりといった特徴があります。

なお、合併には、取得する会社が取得される会社を吸収する形の吸収合併と、二社が合併して新たな会社を作り出す新設合併があります。

 

その他に、会社の全部を取得するものとして、(c)株式交換・株式移転という手法もあります。この手法は、他の会社を完全子会社化(100%子会社化)するための方法ですが、(a)株式譲渡と異なり、全株主の同意がなくても完全子会社化できるほか、現金ではなく株式を対価として株式を取得できるという特徴があります。なお、株式交換はすでに存在している会社が親会社となる場合であり、株式移転は新たに親会社となる会社を設立する場合です。この(c)株式移転・株式交換は通常のM&Aでも利用されますが、グループ会社を再編する場合にしばしば用いられています。例えば、グループ内に複数の会社があり、持株会社(ホールディングカンパニー)を作ってグループ会社を再編するときなどに便利です。

②     会社の一部を取得するもの

会社の一部を取得する方法としては、(d)事業譲渡と(e)会社分割があります。(d)事業譲渡は譲渡する事業に関する資産や負債、契約などを売却するものであり、譲渡する資産や負債、契約は当事者が個別に選択することになります。そのため、資産等の個別の移転手続き(例:債権者への譲渡通知)を取る必要があったり、負債や契約を事業譲渡の対象に含める場合には、その相手方である債権者や契約当事者の同意が必要になったりします。その反面、会社法で要求されている手続きは比較的簡単です。

これに対して(e)会社分割は、ある事業に関する権利義務を(個別にではなく)包括的に移転させるものです。ある農業法人にA事業とB事業がある場合にA事業をその資産、負債、契約関係を含めてまとめて別の農法法人に移すというイメージです。これは個別に移転するものではなく包括的に移転させるものであるため、債権者の個別の同意といった手続きは必要ありません。その代わりに、会社分割によって影響を受ける債権者を保護するための厳格な手続きが定められており、通常は事業譲渡よりも完了までに時間がかかります。

なお、(e)会社分割には、既存の会社が事業を受け入れる吸収分割と新たに設立する会社が事業を受け入れる新設分割があります。

 

このように、M&Aには会社の全部を取得するのか、または一部を取得するのかといった違いによって選択すべき手法が異なります。さらに、子会社・グループ会社化して別会社として運営するのか、または一つの会社として運営していくのかといったことによっても、選択すべき手法が異なります。これに加えて、手続きの簡便さや取得の対価をどうするか(現金か株式か)といったことを加味して、目的を果たすのに最適なM&A手法を選択することになります。

M&Aと農地法の規制

農業法人のM&Aの場合に注意が必要なことの一つに、農地法の規制があります。他社を取得する農業法人や取得される農業法人が農地所有適格法人として農地を所有している場合、M&Aの手法によっては農地の売買として農地法上の許可が必要になったり(事業譲渡)、農地の売買ではないものの農地法に基づく届出が必要になったりする(合併、会社分割)こともあります。

また、M&Aによって株主が変わる場合には、農地所有適格法人の要件(要件については“農地所有適格法人と農業への参入”をご覧ください。)から外れることがないかについてもチェックが必要です。そのため、農地所有適格法人がM&Aの当事者となっている場合には、農地所有適格法人の要件という観点からもM&A手法の選択をする必要があります。

M&Aと補助金

国や地方自治体等から補助金を受けている農業法人も少なくありませんが、このような場合に農業法人のM&Aを行う際には注意が必要です。それは、M&Aを行うことによって補助金の交付条件に違反する結果となることがあり、その場合には補助金を返還しなければならなくなるためです。

例えば、補助金の交付を受けて機器等を購入した農業法人を吸収合併しようとすると、合併によってその機器等の無償譲渡をしたと判断され、補助金の交付条件に違反したことになってしまう可能性があります。交付条件への違反となることを避けるためには、その補助金の規則に従って予め官庁から財産処分の承認を受けるなどの手続きが必要になります。

このように、M&Aによって補助金の返還を求められる結果とならないように、予め補助金の交付条件を確認し、必要に応じて手続きを取ることが重要です。

まとめ

M&Aは日本の農業を発展させるための有効な手段の一つと考えられ、今後、農業法人のM&Aの件数は増加していくことが予想されます。M&Aには様々な種類がありますので、目的を達成するためにベストな手法を選択し、M&Aが成功するように法務や財務、税務といった観点からチェックしていくことが必要です。

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