
農業ビジネスの海外展開には、日本で生産した農産物を海外に輸出販売する方法のほかに、日本の農業技術を利用して海外で現地生産する、“メイド・バイ・ジャパン”の方法があります。(詳しくは、“農業ビジネスの海外展開”をご覧ください。)
現地生産による海外展開の方法には、コスト面や輸入障壁がないといった点で輸出販売に比べてメリットが大きい反面、現地の気候や法規制、文化の違いといったハードルを乗り越えなければならないことも事実です。
現地生産のメリットとデメリット
日本の農業法人の中には、アジアを中心として現地生産を行っている法人があり、実際に成功をおさめている法人もあります。
現地生産による海外展開の成功のポイントは、現地生産のメリットを活かしつつ、デメリットを回避することができるかという点にあります。
現地生産のメリット
現地生産のメリットとして挙げられるのは、大きく分けて次の三つが挙げられます。
①コストが低い
進出国にもよるものの、アジア諸国をはじめとして多くの国では日本よりも人件費が安いことが大きなメリットになります。
また、輸出入の際にかかる関税や日本からの飛行機や船舶による輸送費もかかりませんので、当然生産にかかるコストを抑えることができます。
②輸出入の障壁がない
輸出販売の場合には、国によってはそもそも輸入が制限されている農作物があったり、貿易政策によって取扱いが変わったりといった障壁があります。しかし、現地生産の場合には、現地で農作物を生産することになりますので、輸入障壁は問題になりません。
③生産拠点の多様化
農業は自然を相手にするものであるため、生産拠点が1ヶ所であったり、狭い範囲に集中したりしていると(効率化は図れるかもしれませんが)1つの自然災害で全ての農作物が被害を受けてしまいます。
日本国内に加えて、海外での生産も行うことで生産拠点を多様化することができ、自然災害などのリスクに備えることができるようになります。
現地生産のデメリット
一方で、現地生産の場合には、輸出販売の場合と異なる以下のようなデメリット(リスク)があります。
①気候や環境の違い
日本の高い生産技術を利用して現地生産することで、コスト面のメリットを活かすことができますが、そもそも気候や土壌などの環境が日本国内と異なることによって、日本での技術を利用できない場合もあります。
したがって、日本国内での技術を利用する場合には、その技術をそのまま活かすことができる土地であるか、よく検討することが必要です。
②食文化の違い
生産した農作物が売れなければ、海外展開は失敗に終わります。現地で販売するためには現地で売れなければなりませんが、現地の人々をターゲットとするのであれば、食文化の違いにも注意が必要です。
日本では売れている野菜や果物などであっても、食文化が異なる人々が同じように食べるとは限りません。もっとも、この違いを利用して、日本では売れない農作物が海外では売れることもありますので、食文化の違いがメリットになることもあります。
③法規制の違い
法律は国によってまちまちであり、日本の常識では信じられないような法規制があることもあります。
また、国によっては外資規制がある場合もありますので、現地の法人とはそもそも規制内容が異なることもあります。
そのため、現地生産による海外展開を検討する際には、進出国の法規制についての調査が必要不可欠です。
④利益の国内還流の障壁
現地生産のメリットを最大限に活かし、またデメリットを回避して利益を上げることができたとしても、それを日本に還流させることができるかについては、注意が必要です。
これは、外資規制の一環ともいえますが、自由に資金を異動させることができなかったり、利益還流を還流させようとすると多額の税金がかかったりするといったこともありますので、事前の調査が重要です。
このように、現地生産にはメリットだけでなくデメリットも少なくありませんが、慎重な調査と検討をすることでデメリットを回避することは可能です。
そうして、現地生産による海外展開を成功に導くことができるのです。
現地生産による海外進出の流れと法務
農作物の現地生産を検討してから出荷するまでの流れと必要な法務は以下のとおりです。
①コンサルタントに依頼
農業のプロであっても、海外展開の計画を一から立案することは非常に困難です。そこで、農業の海外展開に経験のあるコンサルタントに依頼することが一般的であり、この場合にはコンサルタント契約や業務委託契約を締結することになります。
コンサルタント契約・業務委託契約の締結の際には、費用をしっかりと確認して明記することはもちろん、業務内容をできる限り詳細に決めておくことも、後のトラブル防止のために重要です。
②ターゲット国を決定
コンサルタントの力を借りながら、実際に進出する国を決めます。
この際には、現地生産が可能か、利益を日本国内に還流させることができるかといった点について、現地の法規制を調査することが必要です。調査のためには、農水省やJETROなどが提供している情報を調べる方法のほかに、現地の弁護士などの専門家に依頼することが必要となることもあるかもしれません。
③マーケティング
実際に農作物が売れなければ海外展開は成功とはなりませんので、生産しようとしている農作物が売れるか、どのような農作物であれば売れるかを調査することが必要です。
もちろん、農業法人や農業経営者のみでマーケティングをすることは困難ですので、コンサルタントに依頼することになりますが、農作物については農業法人・農業経営者の方がよくわかっていますので、コンサルタントともに主体的に取り組むことが必要です。
法務の観点からは、コンサルタント契約等にマーケティングの内容もしっかりと書き込んでおくことが重要です。
④現地法人の設立
進出することが決定したら、現地での事業体の形式を決める必要があります。法人を設立することが通常と考えられますが、法人にもいろいろな形態がありますので、現地法を調査して、農業法人に適した形態を選択します。
現地法人の設立手続きは法律に従って行う必要がありますので、現地の専門家などに相談して設立手続きを進めることになります。
⑤農地の確保
農作物の生産のためには農地が必須ですので、農地をどのように確保するのかを検討することになります。
日本の農地法のように農地について規制がある場合もありますので、現地の法規制を調査し、農地を所有するのか、賃借するのかといったことを決定します。
そして、売買契約書や賃貸借契約書などを作成し、必要に応じで登記などの手続きを取ることになります。
⑥従業員の雇用
現地の農業法人を運営して農作物を生産するためには、農作業を行う人や法人を運営する人が必要になりますので、従業員を雇用することになります。
労働法は国によってかなり異なっており、社会保険制度も大きく違っています。従業員を雇用する際には、法令違反とならないようにするために、現地の専門家を活用するなどして、現地法の規制をよく調べることが必要です。
⑦販売ルートの確保
生産した農作物を売るためには、販売ルートを確保する必要があります。
スーパーマーケットのような小売店や農作物を扱う商社、レストランなどに農作物を出荷する際には、売買契約書などの契約書を作って、確実に代金回収ができ、過度の責任を負うことがないようにすることが必要です。現地法に基づく契約になる場合には、現地の弁護士などの専門家の手を借りることも検討します。
まとめ
このように現地生産による海外展開にはコスト面を中心としてメリットがありますが、そのメリットを打ち消してしまうデメリットもあります。
デメリットの多くは、事前の調査・検討と法務の対応によって回避することができます。そうすることで、現地生産を成功させることができるのです。
また、現地生産をすることによって、マーケットを広げることができるだけでなく、雇用の創出などによって地域への貢献ができるということもメリットとして挙げられます。
このように多くのメリットがある現地生産ですが、成功させるために法務という観点からも調査・検討をすることを忘れないようにしてください。